大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和55年(ワ)10032号 判決

原告 市川木材株式会社

右代表者代表取締役 市川照雄

右訴訟代理人弁護士 森壽男

被告 東京港木材倉庫株式会社

右代表者代表取締役 市川政夫

右訴訟代理人弁護士 石川泰三

同 岡田暢雄

同 吉岡桂輔

同 成田康彦

被告補助参加人 株式会社 イシクラ

右代表者代表取締役 石倉照雄

右訴訟代理人弁護士 大崎巌男

同 五藤昭雄

同 石岡忠治

同 森明吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三八五万三三七二円及びこれに対する昭和五五年一〇月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  (本件丸太の所有権の帰属)

(一) 訴外中山商店こと中山信雄(以下、「中山商店」という)は、昭和五四年七月二五日、被告補助参加人からその所有の外洋材ラワン丸太合計七二本(以下、「本件丸太」という)を買受けた。

(二) 原告は、昭和五四年七月三〇日中山商店から本件丸太を代金一三二六万〇九九六円で買受け、同年八月一〇日代金を支払った。

2  (寄託契約の成立)

(一) 本件丸太は、中山商店が買受ける以前から被告に寄託されており、被告は、筏屋(荷扱業者)である訴外東港運輸株式会社(以下、「東港運輸」という。)をその占有補助者として、東港運輸の占有水面である隅田川の豊州貯木場と商船大学下貯木場の二ヶ所に本件丸太を筏に組んで占有保管していた。

(二) ところで、被告に対する荷渡指図書及び寄託申込書による本件丸太の寄託方法は、次のようになされていた。

売買がなされると、売主である荷主が受寄者の被告宛に買主を荷渡先と指定して本件丸太を引渡すべき旨を依頼した荷渡指図書を発行し、これを買主が占有補助者の東港運輸に呈示すると同時に、荷受人となった買主が被告宛に本件丸太の寄託申込書を作成し予め登録済の印鑑を押捺して東港運輸に提出する。東港運輸は、右登録印を確認し、受寄物の引渡義務を引受もしくは承認する趣旨で荷渡指図書に受付印を押捺する。これによって被告は以後寄託者である買主のために本件丸太を占有保管するものとされ、買主は以後東港運輸に対し口頭又は電話によって自己の指示する場所へ回漕を依頼し、木材の保管料を支払うのと引換に現実の引渡を受ける。このような木材の寄託方法はいわゆる木場における慣習である。

(三) そこで原告は、前記売買の際、荷渡先を原告と指定した中山商店の記名捺印のある本件丸太の荷渡指図書を受け取り、同年八月二五日、原告代表者がこれを東港運輸に持参し呈示するとともに、原告が被告宛に作成した本件丸太の寄託申込書を東港運輸に交付したところ、同会社は荷渡指図書及び寄託申込書を受領し、これに同会社の受付印を押捺した。従ってこれにより、原告と被告との間で本件丸太につき寄託契約が成立した。

3  (寄託契約の不履行)

(一) 補助参加人は、中山商店に対して有する売掛代金債権を保全するため、同年八月二四日、東京地方裁判所に対し中山商店を債務者とする有体動産仮差押命令(同庁昭和五四年(ヨ)第六〇三二号、同第六〇三三号事件)を申請し、同日、右仮差押命令を得た。

(二) 東京地方裁判所執行官が補助参加人から右仮差押の執行申立を受け、同月二七日、東港運輸に赴いた際、東港運輸の専務取締役美濃口金四郎が、本件丸太を中山商店の所有物と認め任意に提供したため、同執行官は本件丸太に仮差押の執行をした。

なお本件丸太に対して、補助参加人の先取特権による有体動産競売の申立(同裁判所昭和五四年(執イ)第五一六六号)に基く差押の執行も同時になされた。

(三) 被告は原告に対し、前記寄託契約に基いて、東港運輸を履行補助者として本件丸太につき善管注意義務を負うものというべきところ、右のように仮差押等を許容したのは右義務に違背したものというべきであり、右債務不履行によって生じた損害を賠償する義務がある。

4  (損害)

(一) 原告は、同月二八日、前記仮差押等の事実を知り、直ちに東京地方裁判所に対し補助参加人を被告として本件丸太の所有権に基づく第三者異議の訴(同庁昭和五四年(ワ)第八七六四号事件)を提起したが、昭和五五年三月一四日、本件丸太の所有権が原告にあることを確認し、解決金として原告が当該事件の被告である補助参加人に対し三七五万円を支払い、かつ本件丸太の保管料を原告が負担する旨の訴訟上の和解が成立した。

(二) 原告は右和解に基づいて、同月三一日補助参加人に対し金三七五万円を支払い、被告に対し昭和五四年八月六日から同五五年四月一五日までの本件丸太の保管料合計金一一万〇二六三円を支払った。

(三) 結局原告は、被告の債務不履行により、前記和解金三七五万円と昭和五四年九月一日から同五五年四月四日までの本件丸太の保管料金一〇万三三七二円の損害を被った。

5  よって、原告は被告に対し、被告の寄託契約不履行による損害賠償請求権に基づいて前記損害金合計金三八五万三三七二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年一〇月三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告)

1 請求原因1の各事実は知らない。

2 同2(一)の事実は認める。同(二)の事実は否認する。同(三)の事実のうち、原告代表者が昭和五四年八月二五日に東港運輸に対し当該荷渡指図書及び寄託申込書を持参して提出したこと、並びに同荷渡指図書に中山商店の記名押印と東港運輸の印章が押捺されていることは認め、その余の事実は否認する。

本件丸太について原告と被告との間に寄託契約は成立していない。

すなわち、

(1) 補助参加人は、昭和五四年八月二二日東港運輸に対し、中山商店が倒産したので補助参加人が中山商店を荷渡先と指示して被告宛に依頼した荷渡指図を撤回する旨の赤(字)荷渡指図書(以下、「赤伝」という。)を持参提出した。

(2) 荷渡指図が撤回された場合、被告は荷渡指図の撤回が認められている木場の木材取引の慣行に照らし、以後本件丸太を凍結状態とし、中山商店又はその譲受人からの回漕依頼に一切応じず、一方補助参加人からの赤伝についても当該赤伝の裏面に中山商店による裏判がない限り補助参加人に対しても引戻(返品)をせず、当事者間の紛争の解決を待つのが通例であった。

(3) そこで、同年八月二五日、原告代表者が東港運輸に、中山商店が原告を荷渡先と指定した被告宛の荷渡指図書を持参した際、東港運輸の取締役渡辺は同人に対し、中山商店が倒産し本件丸太について補助参加人から前述のとおり赤伝が届いて荷渡指図の撤回がなされているので、以後本件丸太についていずれからの回漕依頼にも応じず凍結状態に置くことになるから、原告の荷渡指図書では本件丸太を引渡すことができないと説明したうえ、原告代表者が荷渡指図書を持参した日付を確認して表示する意味であることを告げて同書面に東港運輸の日付印を押捺しこれを預った。従って、原告の荷渡指図書に押捺されている東港運輸の印は、荷渡指図書を預った日付を表示しているにすぎず、原告と被告との間で寄託契約を締結したことを意味するものではない。

3 同3の(一)、(二)の事実は全部認める。同(三)は争う。

4 同4の(一)、(二)の事実は認める。同(三)は争う。原告が主張している損害と被告ないし東港運輸の行為との間に因果関係がない。

5 同5は争う。

(補助参加人)

中山商店作成名義の荷渡指図書は第三者によって偽造されたものである。

すなわち、中山商店は昭和五四年八月中旬頃倒産しており、当該荷渡指図書は、倒産騒ぎの最中に何人かが中山商店から持ち出した同人の印鑑を利用して中山商店に無断で作成したものである。

三  被告の抗弁

原告は、昭和五五年四月四日被告に対し、本件丸太に関する紛争について被告が将来損害賠償その他の義務を負担する場合には原告において一切の責を負う旨確認した。それ故被告は、その頃原告に対し本件丸太を引渡したものである。従って原告が被告に対し本件訴訟を提起するのは信義則に反する。

四  原告の抗弁に対する認否

争う。

第三証拠《省略》

理由

一  (本件丸太の所有権の帰属)

《証拠省略》によれば、請求原因1の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、右事実によれば、原告は昭和五四年七月三〇日本件丸太の所有権を取得したということができる。

二  (寄託契約の成否)

1  請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件のようないわゆる木場の木材の取引において、倉庫業者である受寄者もしくはその筏屋の占有水面にある木材を他に売却した場合、売主は受寄者に宛てて当該木材を買主に引渡されたいとの記載のある荷渡指図書を発行して買主に交付し、買主はこれを受寄者もしくはその筏屋に呈示して回漕を依頼することができること、この方法は、荷渡指図書の裏面が荷受人の受寄者宛ての寄託申込用紙になっているので、これに荷受人が受寄者に登録している登録印を押捺して、引続き当該木材の保管を申込む旨の寄託申込書を作成し、これを受寄者もしくはその筏屋に提出し、受寄者らにおいて、この荷渡指図書上に受付印を押捺すると、買主である荷受人と受寄者との間に当該木材の寄託契約が成立し、受寄者は荷受人に対し当該木材の保管及び引渡の義務を負うに至ること、原告代表者は、昭和五四年八月二五日に中山商店名義の荷渡指図書(《証拠省略》の「正」が一枚、「写」が《証拠省略》のほか一枚の三枚綴)と原告の登録印を押捺した寄託申込書(右「正」の裏面)を本件丸太の荷扱会社である東港運輸に持参して呈示し、その際東港運輸の社員森林喜楽が荷渡指図書(「正」と「写」)に同会社が受付印として使用している印章を押捺したこと(右同日右荷渡指図書等が東港運輸に呈示されたこと、右指図書に東港運輸の印章が押捺されていることは当事者間に争いがない)を認めることができ他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  ところで、原告は、東港運輸の右荷渡指図書に対する捺印をもって受付印そのものであるとし、これによって被告は、受寄者として荷渡指図書の所持人である原告に対し受寄物の引渡義務を引受もしくは承認するとともに、寄託申込書の受領によって右所持人である原告との間に寄託契約が成立するに至ったと主張するので考えるに、《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  中山商店は、補助参加人から本件丸太を買受け、昭和五四年八月七日補助参加人から被告に宛てた荷渡指図書と中山商店から被告に宛てた寄託申込書(この寄託申込書も荷渡指図書の裏面に記載されている。)を東港運輸に持参して呈示したところ、同社はこれに受付印を押捺して受領し、同社の荷差別台帳の本件丸太の寄託者名義を補助参加人から中山商店に書換えたうえ、荷渡指図書「正」及び寄託申込書を被告に回付し、被告は同月九日付で右回付された荷渡指図書に被告の受付印を押印し、被告の保管台帳の本件丸太の寄託者名義を中山商店に書換えて引続き本件丸太を中山商店のために保管していたこと、ところが、同月二〇日頃補助参加人から東港運輸に対し中山商店への荷渡指図を撤回する趣旨の「赤伝」が届けられたこと、

(二)  ところで、右業界では、右赤伝による荷渡指図の撤回は、荷渡指図書が呈示されて既に当該木材が荷受人に回漕されている場合には認められず、また、受寄者において荷渡指図書が受理されて寄託物の引渡義務が引受もしくは承認され、寄託者の名義が荷受人に書替えられているような場合は、赤伝に右書替られた寄託者の登録印による裏判がない限り有効な撤回として取り扱われていないこと、右裏判のない赤伝が提出された場合は、受寄者は撤回者に対し、すみやかに右裏判を追完するよう促すとともに、受寄者として寄託物をめぐる権利関係の紛争に巻き込まれないように、当事者間の紛争が解決するまで新らたな荷渡指図書の受付を断わり、また、寄託物の引渡をも断って、現状のままで凍結を図る取り扱いとしていたこと、

(三)  そこで、同月二二日右森林は、電話で補助参加人に対し、同人へ本件丸太の引戻をするには赤伝の裏に中山商店の裏判が必要である旨を伝えたところ、補助参加人から中山商店が倒産したことを知らされたこと、そこで、右森林は、後日荷渡人、荷受人の間で紛争が生じることが懸念されたため、赤伝に右問合をした日付を表示する目的で、八月二二日付の東港運輸の受付印を日付印代りに(印章が一個しかないため)押捺したうえ、同社において赤伝を保管しておくことにしたが、中山商店の裏判がない以上本件丸太の寄託者の名義を補助参加人に書換えることができないので東港運輸の台帳の記帳は中山商店名義のままにしていたところ、同月二四日、東港運輸は補助参加人から同人の中山商店に対する債権で有体動産仮差押命令を取得したので本件丸太に対しその執行をする旨の電話連絡を受けたこと、

(四)  ところが、同月二五日原告代表者が東港運輸を訪れ前記荷渡指図書と寄託申込書を呈示したので、右事情に詳しい同社取締役渡辺が応対し、同社が保管していた補助参加人の前記赤伝を見せ、中山商店が倒産したため未だ同店の裏判はないが、補助参加人が荷渡指図書を撤回したから本件丸太は東港運輸の保管のもとに凍結され、原告の荷渡指図書によっても本件丸太を引渡せないし他からの回漕依頼にも応じられないこと、また、補助参加人が中山商店に対する動産仮差押命令を取得して本件丸太にその執行をしようとしていることも説明したが、その際、原告代表者から、とにかく、原告代表者が東港運輸に本件丸太の荷渡指図書と寄託申込書を持参して提出したことを証するため荷渡指図書に東港運輸の印章を押捺して欲しいと懇請され、右森林は単に荷渡指図書を預るだけの趣旨で、その預った日を表示するため、荷渡指図書(「正」と「写」)に八月二五日付の東港運輸の受付印を日付印代りに押捺しかつ「写」には森林の記名印を押捺してこれを預ったこと、それ故に、東港運輸は原告の荷渡指図書の呈示にかかわらず同社の台帳の寄託者名義を中山商店名義から原告名義に書換える手続をしなかったことは勿論のこと、原告代表者から預った荷渡指図書(「正」、裏面は寄託申込書)を被告に回付することもしなかったこと、

右認定に反する原告代表者の供述部分は《証拠省略》に比べあいまいな点が多く措信することができず、他に右認定事実を左右するに足りる証拠はない。

(五)  以上認定の事実によれば、被告の占有補助者である東港運輸は、赤伝が存する原告に対し荷渡指図書に従って受寄物である本件丸太の引渡に応じられない旨申し向けたうえ、原告代表者の要求に応じて荷渡指図書の呈示のあった日を記録しておく趣旨で受付印を押捺したものであるから、右受付印の押捺をもって受寄物の引渡義務を引受もしくは承認したものと認めるのは相当でなく、従って又右引渡義務を負うことを前提とする寄託申込書による寄託申込もその効力を生ずるに由ないものというべきであるから、結局原告主張の寄託契約の成立は認めることができないというべきである。

三  そうすると、右寄託契約の成立を前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるといわなければならない。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用(補助参加の費用を含む。)について民訴法八九条、九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口和男 裁判官 佐々木寅男 裁判官土生基和代は職務代行を解かれたため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 山口和男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例